以前に働かない働きアリがいるという話をTwitterか何かで見かけたような気がしますが、今日その理由について詳しく解説している記事を見つけました。
アリの働き方に違いがでる理由
こちらの記事によりますと、アリによって働き方に違いがでるのは「腰の重さ」によるものとのこと。
ここで云う「腰の重さ」とは、特定の刺激に対して反応するかどうかを決めるしきい値の大小で、遺伝的に決められる要因です。
例えば「エサが見つかった」という刺激に対して反応のしきい値が大きい(腰が重い)アリは、仲間がせっせとエサを集めているときにフラフラしていたり自分の体を舐めたりしていて、ぜんぜん働かないと。
ただこのしきい値は刺激の種類によって違いがあるので、エサを集めないヤツとか、外敵が来ても戦わないヤツとか、巣が壊れても修理しないヤツとか、色々なヤツが出てくるようです。
結論としてはこの違いが種全体としての多様性を産み出し、様々な状況や環境の変化に適応して種として存続できる可能性を高めるとのこと。自然というのはまったく良くできていますね。
人間に当てはめて考えてみると
さてこの話を人間に当てはめて考えてみるとどうなるでしょう。
人間の場合はアリのように本能だけで生きているわけではなく、思考によって行動を変えたり戦略を練ったりすることができます。したがって、必ずしも遺伝子レベルの多様性だけが種の存続を決めるわけではなさそうです。
しかし人間の知力をもってしても、将来を完全に予測できるわけではありません。例えば最近は資本主義が限界に近づきつつあるのではないかなどと言われます。これなどは、個々の人々が豊かになることを目指して行動した結果、一時はうまくいったかに見えていたのが状況の変化にともなってうまく回らなくなり始めている、という現象かもしれません。
そう考えると、最近経済的な豊かさだけを追求するのをやめてフルに働かなくなったリタイヤー、セミリタイヤーが増えているのも、人類の生存戦略的にはアリなのかもしれないですね(ちょっと無理矢理すぎるかw)。
まあ多様性が種の存続性を高めるというのはあくまでも確率的な話ですので、ずっと怠けたまま一度も日の目を見ずに死んでいく個体はいるはずですし、どんだけ多様性があっても滅びるときには滅びるでしょうしね。
個人的には既に人生のかなりの部分を働きアリとして働いてきましたので、ここからはずっと日の目を見ない生活でもまあ良いかな、などと思ったりしていますが。
我々のような存在も実は人類にとって意味がある、と思うと楽しいですね。
いや、そういうことにしておきましょう。